―「誰のおかげで」から自由になる生き方―
はじめに
50代は、人生の折り返しを過ぎ、これまでの生き方を振り返る年代です。
親の老い、子どもの巣立ち、夫婦や仕事との関係の変化。
その中で、ふと立ち止まり、こう思うことはないでしょうか。
「この先も、同じ生き方を続けていくのだろうか」と。
「誰のおかげで飯が食えてるんだ」という言葉が嫌いだった
私が子どもの頃から、ずっと心に引っかかっている言葉があります。
父の口癖だった
「誰のおかげで飯が食えてるんだ」という言葉です。
母は、内職やパートをしながら家計を支えていました。
決して楽ではない働き方だったはずです。
それでも父はどこか偉そうで、
母は自分の欲しいものを後回しにし、
服を買うことさえ我慢していました。
子ども心に、強い違和感を覚えていました。
「働いているのに、どうしてこんな言い方をされるんだろう」と。
母がやっと「自分の人生」を取り戻した時
時が流れ、子どもたちが巣立ち、
家計に少し余裕が出た頃。
母は、自分の服を買い、旅行にも行くようになりました。
その時の母は、本当に嬉しそうでした。
その姿を見て思ったのです。
母は長い間、
経済的にも気持ちの面でも、
「依存」という形の中で生きてきたのではないか、と。
依存は、決して怠けではありません。
そうせざるを得なかった時代と環境があっただけ。
けれど、誰かが上で、誰かが下になる関係は、
やはり人を苦しくします。
50代の私たちは、同じ道を繰り返さなくていい
母の姿を見て育った私は、
「自分は同じ生き方をしたくない」と思ってきました。
50代になった今、はっきりと言えます。
私たちは、親の世代と同じ道を
そのまま歩く必要はありません。
50代は、
支える側にも、支えられる側にもなり得る年代。
だからこそ、
依存する・支配する関係ではなく、
対等に支え合う関係が必要になります。
共生とは、我慢することではない
共生という言葉は、
「無理をすること」
「全部受け入れること」
だと誤解されがちです。
でも本当の共生は、
できることを引き受け、
できないことは助けを借りること。
自分の時間、気持ち、人生を大切にしながら、
他者ともつながっていくことです。
境界線を引くことは、冷たさではありません。
長く健やかに関係を続けるための、優しさなのです。
50代から選び直す生き方
母が、人生の後半で
やっと自分の楽しみを手にしたように。
私たちも、これからの人生を
「誰かのためだけ」に使わなくていい。
自分の気持ちを大切にし、
小さな喜びを後回しにしない。
それは、わがままではありません。
まとめ ー 依存から共生へ
私たちは、我慢する生き方を見て育ってきました。
けれど50代になった今、
その価値観を手放してもいいのです。
誰かに全てを委ねる依存でもなく、
一人で抱え込む孤立でもない。
「お互いさま」で生きる共生という選択。
50代は、人生の終盤ではありません。
生き方を選び直せる、ちょうどいいタイミングです。
依存から共生へ。
それは過去を否定することではなく、
未来を自分の手に取り戻すこと。
この先の人生を、
「誰のおかげで」ではなく、
「お互いさま」で歩いていきたい。
そう思えたとき、
50代からの人生は、きっと少し軽くなります。


